立教大学経営学部3年生の五月女らなさん20歳。
【ひとり親から子どもに向けた いつでも親の言葉に触れられるメッセージブック】という当シングルズキッズ・プロジェクトの合わせ鏡のような『フレふれbook』を企画しました。クラウドファンディングで支援を募り、見事120%の達成。現在、完成に向けて奮闘中です。
ご自身も、3歳からひとり親家庭で育ったらなさん。こうした活動を始めることになった原体験とは。シングルマザーとして、小1・年長の姉妹を育てる片井和美が話を聞きました。
(年齢は2019年11月取材当時です)
インタビューアー:片井 和美
取材日:2019年11月24日
” 女性、そして母親として尊敬する人 ”
―お母さんのご紹介をお願いします。事前のアンケートでは「お母さん大好き!」があふれていたのが印象的です。
バレましたね(笑)私の母は今40代後半で、看護師として働いています。
私は母を、女性としても母親としても、すごく尊敬しています。エネルギッシュで「人思い」。自分のことも大事にできるし、その視点を社会にも向けられる。例えば、電車の中で知らない人にも注意できたりする、芯のある人なんです。
母は、自分を優先順位の一番下に置く人なのですが、それでいて自分のこともきちんと大事にできる人。だからこそ看護師にもなれたのかな。
母は、20歳の時に自分の母親(私の祖母)を亡くしています。祖母はもともと身体の弱い人で、母が小さいときからずっと病院に入院していたのだそうです。母は、そのときにすごく良くしてもらった看護師さんに憧れて「看護師になりたい」とその頃から強く思っていたそうです。
実は、うちは三代続くひとり親家庭です。祖母も母もまた、ひとり親家庭でした。母は、経済的に大学進学は難しいと夢をあきらめて就職したんです。
その後、結婚して私を産みました。そして離婚して、そのときに自分の夢を改めて思い返したんですね。ひとり親になってから学校に通い、4年かけて卒業して看護師になりました。
その一方で、離婚後には3歳の私を連れて、ヨーロッパ放浪もしているんですよ!
そういう意味で、どんな環境でも自分の夢をあきらめず、やりたいと思ったことをきちんとやりとげる人。
だからこそ、私にもやりたいことをやらせてくれるし、そんな私を求めてくれている。
自分思いでもあり、人思いでもある。芯のあるエネルギッシュな人だな、といつも思います。
*3歳で旅したヨーロッパ
” 母が寝ているのを見たことがない ”
―そんなエネルギッシュなお母さんでも、これは無理しているな、苦労しているなということで覚えているのは?
ちっちゃい頃、私、母が寝ているのを見たことがないんですよ。
私が保育園、母が看護学校に通っていた頃ですね。夜はいつも私を寝かしつけてくれます。それで、私がふと明け方くらいに目を覚ますと、すぐそこでパソコンをカタカタしているんですよ。看護学校なので、レポートや課題をやっていたと思うのですが、寝てないんだろうな…と。
そして私が朝起きると、まだパソコンの前にいます。私が「おはよう」って言うと、それまでの真剣な表情が一変してめちゃめちゃ笑顔になって、ごはんの用意をしてくれるんです。
子育てしながら仕事をしたり、学校に通ったりするのって、ものすごく大変なことですよね。保育園の卒園式の写真の母は、見たことのないような深くて黒いクマがあったし、寝不足がたたって倒れてしまったこともあります。
私が私立高校に入ったりして、やはり金銭的にも苦しかったと思います。ぶっちゃけ、ガスが止まることもありました。孤児院ボランティア活動でフィリピンに行ったとき、水シャワーが案外平気だったのは、そういうことですかね(笑)。
” 寂しいけど、寂しいって言えなかった ”
―その当時、お母さんがあまり家にいないことについて、どんな風に感じていましたか。
「寂しい」という思いはもちろんありました。私は保育園に預けられるのも一番早い時間でしたし、母ではなく他の方と一緒にいる時間のほうが長かったです。
保育園へのお迎えは母が来るのですが、そのまま並びに住んでいるおばあちゃんのところで預かってもらっていました。すぐそばにいるのに、一緒にいられない寂しさがありました。
家に戻って一緒にいると楽しい。だけど私が眠りについたあと、うっすら目を開けたとき母は一緒にいる時間というより「目標に向かう一人の女性としての時間」を過ごしている。大変なのがわかるし、寂しいけど、寂しいと言えないっていうか。
―「もっとそばにいてよ」とか「なんで一緒にいてくれないの」とかいう言葉を口に出したことは?
一切ないですね。私が母のことを見ている時間は、まっすぐ私に向き合ってくれているのがわかっていたので「それ以外の時間はぜいたく言わない」と我慢はしていたなあ。
この状況なら十分なんだろうな、って。土日はいつもどこかに連れて行ってくれたし、毎日手料理が並んでいました。これだけ大変な中で、できる限りのことをしてくれているのはよくわかっていました。
今私は大学生で、ただ課題だけでも終わらないのに。なんてことをやっていたんだ、あの人は。ヤバいですよね(笑)
*お母さんがいないときにお守りにしていたぬいぐるみと
” 大好きな気持ちはサプライズプレゼントで ”
―そんなお母さんの、一番大好きなところは?
私のことを一番に考えてくれて、それを伝えてくれるのが母のすごく好きなところかな。言葉や態度に表してくれるってすごく嬉しいことで、それだけでだいぶ活力が湧いてくる。
でも反対に、私の方が恥ずかしくて全然言えなかったんです。口にするのが苦手だから、そのかわりによくサプライズ的な贈り物をしていました。小学校4年生でティファールのフライパンセットとか。高校生のときは夏休みにバイトをしまくって10万円貯めて、宮城旅行に連れて行きました。その年齢の規模じゃないプレゼントをしてびっくりさせていましたね。
母から愛情を発信してくれるのを、すごく感じて全力で受けとめていたし、受けとめきれないものをもらっていたぶん、私は形を変えて一生懸命返しているのかな。
” 『フレふれbook』は母へのメッセージ ”
―『フレふれbook』について、お母さんの反応は?
クラウドファンディングに挑戦することになったとき、最初はこれとは全く違うテーマだったんです。そのうち考えが行き詰まり、どうしようもなくなって母に相談したら、熱心にいろいろなアドバイスをくれました。
だけど最終的に、この「ひとり親」をテーマに選んだとき、当事者である私が自分で解を出すべきだと思い、母にアドバイスを求めるのをやめました。
そしてサプライズ的にクラウドファンディングのページにこれが出て、母はびっくりしたと思うんですが…。すごくニコニコしながら、いろいろ聞いてくるんですよ。「これ、成功したら本当に作るの?」「一緒にやっているこの子はどんな子?」とか。
たぶん、母が私に送り続けていたメッセージを、私がちゃんと受け取っていたというのを実感したんじゃないかな。それで嬉しさをおさえ切れないみたいな感じでした。
” 世の中に選択肢を増やしていきたい ”
―らなちゃんは、これからどんな人になっていきたいですか?
三つあります。
ずっと「母みたいな人」になりたいと思っています。母のような女性であり、母親になりたいというのが一つ。
二つ目、ひとり親家庭で育った話を、きちんと言葉にして「発信できる人」になりたいです。私自身、話をしながら自分のことを整理して、考えを深めていけます。それを発信していくことが、シングルマザー・シングルファザー当事者の方たちの助けになるかもしれない。そしてそれが間接的に、母への感謝の気持ちとして伝わればいちばんいいな、と思っています。
三つ目が、社会に対して「選択肢を増やせる人」になりたい、ということ。
私は、母から「やりたいことをやりなさい。それをやりたいなら頑張りなさい」と常に言われて、実際にそうさせてもらってきました。
楽器をずっと続けさせてくれたことをはじめ、私がやりたいと言ったことは、いつもこころよく背中を押してくれました。毎朝お弁当を作って送り出してくれるのは、どんなに大変だったことか。
そのたびに母が言っていたのは「今ここで頑張ったら、進める道・選べる道が増えるから」ということ。小さい頃から言われ続けてきたので、いろんなことを自分なりに頑張って、選択肢を増やしながらここまで来たなあ、というのはすごく自覚しています。
今ある選択肢だけだとできないこと、納得いかないことってたくさんあると思うんです。選択肢、それは場でもいいし、つながりでもいい。例えばシェアハウスや、このシングルズキッズ・プロジェクトや『フレふれbook』もその一つだと思うんです。
何か今までにない道が選べる、その選択肢のひとつをつくれる人になれればいいな、と思っています。
” 心配しなくても、ちゃんと育つぜ。 ”
―最後に、子育てに奮闘中のひとり親のみなさんへメッセージをお願いします。
子どもは、何があろうとやっぱり親が大好き。頑張っているのをわかっているからこそ、そんなに心配したり、自分を責めたりしないでほしいです。
「心配しなくても、ちゃんと育つぜ」って思いますね(笑)。
強い親を見ていれば、子どもも強く育つ。でも、強がらなくてもいいんです。そのままを見せていれば、子どもはきちんと受け取るので。
たとえ、苦しくてくじけそうな親を見ていても、きっと「守りたい」という思いが出てきて、結局は強くなるんだと思います。
『フレふれbook』を通して、ひとり親で育った子どもとたくさん会う機会が増えたのですが「やっぱりな」と思うくらい、芯のある強い子が多いんですよ。
だから大丈夫。ひとり親の家庭で育った子どもは、結局強く育つんです。
取材を終えて
涙が出るほど幸せなインタビューでした。
何よりシングルマザー当事者の私が勇気づけられ、子育てで最もたいせつなことを再確認することができました。
それは、子どもへの愛情は惜しみなくたっぷりと、どんどん言葉に・態度に表して伝えていかなくちゃ、ということ。それはもう、くどいくらいで大丈夫。表に出せば出すほど、愛情はどんどんあふれ出て、子どもは余すことなくそれを受けとめてくれる。そして受けとったたくさんの愛を、今度は外に向けて返していくようになるんですね。
「母が私をつくった」。そういうらなちゃんを見ていると、まだお会いしたことのないお母様の姿がくっきりと浮かび上がってきます。明るく強く、素直でポジティブ。子どもは、望むと望まないにかかわらず、そのまんま親のようになるのだなあ、と背筋の伸びる思いでした。
さらに、らなちゃんと強く共感しあったのが「勝手に可哀想がらないで」ということ。
大好きなお姉ちゃんのようなお母さんと、二人で楽しく幸せに暮らしている。お父さんは一緒にいない。それが、らなちゃんちの「普通」。
私自身は、最愛の二人の娘とともに、たくさんのきょうだいのような子どもたちと、友達のようなイトコのようなママたちと、シングルマザーシェアハウスという「大きな家族」で毎日にぎやかに楽しく暮らしています。それが私んちの「普通」。
大家族、両親と子ども、単身、カップル、ひとり親と子ども。いろんな家族のかたちがあって、どれもみな尊い。
「ひとり親家庭は貧乏、不幸、可哀想」という偏見がこの世から消えてなくなるほどに、しあわせなシングルペアレント・シングルズキッズが増えていきますように。
ともに、新しい幸せのかたちを発信していこうね、らなちゃん。
取材×文=片井和美:広告業界で働く、年子姉妹を育てる2年目のシングルマザー。
一般社団法人日本シングルマザー支援協会「きぎょう塾」12期卒業。コーチング、ファシリテーションを学ぶ。2020年より都内にて「自分軸を取り戻そう」をテーマに、ランチ会・お茶会を開催予定。
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